山梨キャンプ場殺人事件
阿佐吉廣(あさ よしひろ)
山梨県都留市のキャンプ場から2003年に3体の遺体が発見された事件。人材派遣会社・朝日建設の社長であった阿佐吉廣が、従業員Aへの傷害致死(1997年)と従業員B・Cの殺害(2000年)で起訴された。阿佐はAへの暴行は認めたが、B・C殺害については犯行現場に行ったこともなく殺害の実行・共謀もしていないと一貫して否認。娘とその友人がアリバイを証言したが、裁判所は共犯者Y・Zらの証言を採用して死刑判決。しかし、共犯者の供述は捜査段階で大きく変遷しており、キャンプ場管理人は控訴審で「ウソだった。検事から言わされた」と証言を翻した。最高裁上告審では共犯者Yが「阿佐は現場にいなかった」と従来の証言を翻す陳述書を提出し、異例の弁論再開が行われたが、2012年12月に上告棄却で死刑確定。阿佐は2014年に再審請求するも、2020年2月に間質性肺炎で東京拘置所にて獄死。阿佐は手記で「虚偽証言だけで死刑が確定しました。他に証拠は何ひとつありません」と主張していた。
山梨県都留市のキャンプ場から2003年に3体の遺体が発見された事件。人材派遣会社・朝日建設の社長であった阿佐吉廣が、従業員Aへの傷害致死(1997年)と従業員B・Cの殺害(2000年)で起訴された。阿佐はAへの暴行は認めたが、B・C殺害については犯行現場に行ったこともなく殺害の実行・共謀もしていないと一貫して否認。娘とその友人がアリバイを証言したが、裁判所は共犯者Y・Zらの証言を採用して死刑判決。しかし、共犯者の供述は捜査段階で大きく変遷しており、キャンプ場管理人は控訴審で「ウソだった。検事から言わされた」と証言を翻した。最高裁上告審では共犯者Yが「阿佐は現場にいなかった」と従来の証言を翻す陳述書を提出し、異例の弁論再開が行われたが、2012年12月に上告棄却で死刑確定。阿佐は2014年に再審請求するも、2020年2月に間質性肺炎で東京拘置所にて獄死。阿佐は手記で「虚偽証言だけで死刑が確定しました。他に証拠は何ひとつありません」と主張していた。
- 事件発生
- 1997年
- 被告人
- 阿佐吉廣(あさ よしひろ)
- 判決
- 一審:死刑(2006年10月20日、甲府地裁・川島利夫裁判長) → 控訴棄却(2008年4月21日、東京高裁・中川雄孝裁判長) → 上告棄却・死刑確定(2012年12月11日、最高裁第三小法廷・田原睦夫裁判長)
- 現在のステータス
- 被告人死亡(獄死)
- 冤罪の原因
- 共犯者供述への過度な依拠、客観的証拠の欠如
タイムライン
阿佐が従業員Aを木刀で殴打、Aは気管支肺炎で数日後に死亡。遺体は隠匿される
当て逃げ事故を起こした従業員B・Cが暴行後にキャンプ場に連行され絞殺。阿佐は現場に行っていないと主張
朝日建設倒産後、匿名通報を受けた山梨県警がキャンプ場を捜索し3遺体を発見。阿佐は保険金横領で逮捕後、傷害致死・殺人で再逮捕
甲府地裁(川島利夫裁判長)が共犯者供述を採用し死刑判決。アリバイ証言は「時間的な正確性に疑問」として退けられる
東京高裁(中川雄孝裁判長)が控訴棄却。キャンプ場管理人が「ウソだった。検事から言わされた」と証言を翻すも死刑判決は維持
共犯者Yが「阿佐は現場にいなかった」と証言を翻す陳述書を提出。結審後に最高裁が異例の弁論再開を決定
最高裁第三小法廷(田原睦夫裁判長)が上告棄却。Yの陳述書は「第一審公判の供述の信用性を左右しない」として退けられた
再審請求中に東京拘置所で間質性肺炎により死亡(70歳没)。死刑未執行のまま
参考リンク
参考文献
冤罪死刑囚八人の書画集。飯塚事件(久間三千年)、埼玉愛犬家連続殺人事件(風間博子)、三鷹事件(竹内景助)、帝銀事件(平沢貞通)、鶴見事件(高橋和利)、三崎事件(荒井政男)、山梨キャンプ場殺人事件(阿佐吉廣)、波崎事件(冨山常喜)の各章で構成。本人の手記・書画・遺筆や、支援者・家族との往復書簡などを収録。
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