西山事件(沖縄密約事件)
西山太吉(にしやま たきち)
1971年、沖縄返還協定に際し、地権者への土地原状回復補償費400万ドルをアメリカが支払うとの公式発表に反して、実際には日本政府が肩代わりする密約が存在した。毎日新聞政治部記者の西山太吉は、外務省の女性事務官から複数の秘密電文を入手しこの密約を把握。取材源保護のため新聞では核心を報じなかったが、社会党議員に情報を提供し、1972年3月に国会で密約が追及された。しかし政府は密約を否定し、東京地検特捜部は同年4月に西山と事務官を国家公務員法違反で逮捕。起訴状には「ひそかに情を通じ、これを利用して」と男女関係を暴露する文言が記され、世論の関心は密約の真相から男女スキャンダルへと転換させられた。1974年、一審の東京地裁は西山に無罪判決を言い渡した。しかし控訴審の東京高裁は取材方法の違法性を認定して逆転有罪(懲役4月・執行猶予1年)、1978年に最高裁が上告棄却し有罪確定。西山は毎日新聞を退社した。その後2000年代に入り、アメリカの公文書公開で密約の存在を裏付ける文書が相次いで発見。2006年には日米交渉の日本側責任者だった元外務省アメリカ局長・吉野文六も密約を証言。2010年には民主党政権下の有識者委員会が密約の存在を公式に認定した。政府が30年以上にわたり嘘をつき続け、その嘘を暴いた記者が刑事罰を受けたという構造は、国家権力による報道の自由への不当な介入として国際的にも批判されている。西山は2023年2月24日、91歳で死去した。
1971年、沖縄返還協定に際し、地権者への土地原状回復補償費400万ドルをアメリカが支払うとの公式発表に反して、実際には日本政府が肩代わりする密約が存在した。毎日新聞政治部記者の西山太吉は、外務省の女性事務官から複数の秘密電文を入手しこの密約を把握。取材源保護のため新聞では核心を報じなかったが、社会党議員に情報を提供し、1972年3月に国会で密約が追及された。しかし政府は密約を否定し、東京地検特捜部は同年4月に西山と事務官を国家公務員法違反で逮捕。起訴状には「ひそかに情を通じ、これを利用して」と男女関係を暴露する文言が記され、世論の関心は密約の真相から男女スキャンダルへと転換させられた。1974年、一審の東京地裁は西山に無罪判決を言い渡した。しかし控訴審の東京高裁は取材方法の違法性を認定して逆転有罪(懲役4月・執行猶予1年)、1978年に最高裁が上告棄却し有罪確定。西山は毎日新聞を退社した。その後2000年代に入り、アメリカの公文書公開で密約の存在を裏付ける文書が相次いで発見。2006年には日米交渉の日本側責任者だった元外務省アメリカ局長・吉野文六も密約を証言。2010年には民主党政権下の有識者委員会が密約の存在を公式に認定した。政府が30年以上にわたり嘘をつき続け、その嘘を暴いた記者が刑事罰を受けたという構造は、国家権力による報道の自由への不当な介入として国際的にも批判されている。西山は2023年2月24日、91歳で死去した。
- 事件発生
- 1971年
- 被告人
- 西山太吉(にしやま たきち)
- 判決
- 一審:無罪(1974年1月30日、東京地裁)→ 控訴審:懲役4月・執行猶予1年(1976年7月20日、東京高裁)→ 上告棄却・有罪確定(1978年5月31日、最高裁第一小法廷・岸盛一裁判長)
- 現在のステータス
- 有罪確定。後に密約の存在が公式に確認され、政府の嘘が証明された
- 冤罪の原因
- 検察の暴走、国家権力による報復的訴追
タイムライン
日米間で沖縄返還協定が調印。原状回復補償費400万ドルをアメリカが支払うとの公式発表だったが、実際は日本政府が肩代わりする密約が存在
社会党の横路孝弘・楢崎弥之助が衆議院予算委員会で外務省極秘電文を示し密約の存在を追及。政府は密約を否定
東京地検特捜部が西山太吉と外務省女性事務官を国家公務員法違反で逮捕。起訴状に「ひそかに情を通じ、これを利用して」と男女関係を暴露する記載
東京地裁が西山に無罪判決。女性事務官は懲役6月・執行猶予1年の有罪確定
東京高裁が懲役4月・執行猶予1年の逆転有罪判決。取材方法の違法性を認定。西山は上告
最高裁第一小法廷(岸盛一裁判長)が「取材対象者の人格を著しく蹂躙した取材行為は正当な取材活動の範囲を逸脱する」として上告棄却。有罪確定
アメリカ国立公文書記録管理局で密約を裏付ける文書が発見。400万ドル以外に日本が1億8700万ドルをアメリカに提供する密約も発覚
日米交渉の日本側責任者だった元外務省アメリカ局長・吉野文六が密約の存在を初めて認める
民主党政権(鳩山内閣・岡田外相)下の有識者委員会が密約の存在を公式に認定。30年以上にわたる政府の嘘が証明された
西山太吉が心不全のため91歳で死去