三崎事件
匿名(元鮮魚店経営者)
1971年12月21日夜、神奈川県三浦市三崎町の食料品店で店主・妻・娘の3人が刺殺された事件。事件当日、食料品店付近で小刀を持って出てくるのを目撃された元鮮魚店経営者が5日後に逮捕された。被告人は取調べで犯行を自供したが公判では否認に転じ、一貫して無実を主張した。検察は凶器や返り血を浴びた衣服等の物的証拠の発見に失敗し、主に目撃証言に依拠して立証した。弁護側は、犯人が残したゴム靴の足跡(25.5〜26cm)と被告人の足のサイズ(27cm)が不一致であること、足に機能障害がありすごい勢いで階段を駆け上がることは不可能であること(身体障害者手帳所持)、現場に残された煙草の吸殻が紛失したこと等を主張したが、裁判所は足の障害について「拘禁状態による機能低下の可能性」として退けた。1990年に死刑確定。再審請求中の2009年に東京拘置所で敗血症により獄死。遺族が2023年1月に3度目の再審請求を横浜地裁横須賀支部に申し立てている。
1971年12月21日夜、神奈川県三浦市三崎町の食料品店で店主・妻・娘の3人が刺殺された事件。事件当日、食料品店付近で小刀を持って出てくるのを目撃された元鮮魚店経営者が5日後に逮捕された。被告人は取調べで犯行を自供したが公判では否認に転じ、一貫して無実を主張した。検察は凶器や返り血を浴びた衣服等の物的証拠の発見に失敗し、主に目撃証言に依拠して立証した。弁護側は、犯人が残したゴム靴の足跡(25.5〜26cm)と被告人の足のサイズ(27cm)が不一致であること、足に機能障害がありすごい勢いで階段を駆け上がることは不可能であること(身体障害者手帳所持)、現場に残された煙草の吸殻が紛失したこと等を主張したが、裁判所は足の障害について「拘禁状態による機能低下の可能性」として退けた。1990年に死刑確定。再審請求中の2009年に東京拘置所で敗血症により獄死。遺族が2023年1月に3度目の再審請求を横浜地裁横須賀支部に申し立てている。
- 事件発生
- 1971年
- 被告人
- 匿名(元鮮魚店経営者)
- 判決
- 一審:死刑(1976年9月25日、横浜地裁横須賀支部) → 控訴棄却(1984年12月18日、東京高裁) → 上告棄却・死刑確定(1990年10月16日、最高裁)
- 現在のステータス
- 被告人死亡(獄死)、遺族が再審請求中
- 冤罪の原因
- 自白強要、客観的証拠の欠如、目撃証言の問題
タイムライン
神奈川県三浦市三崎町の食料品店で、店主(53歳)・妻(49歳)・娘(17歳)の3人が刺殺される。2階から飛び降りた息子(14歳)が唯一生存
事件当日に食料品店付近で小刀を持っているのを目撃された元鮮魚店経営者を殺人容疑で逮捕。2日後に自供するも公判で否認
横浜地裁横須賀支部が目撃証言を根拠に死刑判決。4年9月に及ぶ長期審理。足の障害による犯行不可能の主張は退けられる
最高裁が上告を棄却し死刑が確定
再審請求中に東京拘置所で敗血症のため死亡。糖尿病・高血圧を患っていた
被告人の家族が3度目の再審請求を横浜地裁横須賀支部に申立て
参考リンク
参考文献
冤罪死刑囚八人の書画集。飯塚事件(久間三千年)、埼玉愛犬家連続殺人事件(風間博子)、三鷹事件(竹内景助)、帝銀事件(平沢貞通)、鶴見事件(高橋和利)、三崎事件(荒井政男)、山梨キャンプ場殺人事件(阿佐吉廣)、波崎事件(冨山常喜)の各章で構成。本人の手記・書画・遺筆や、支援者・家族との往復書簡などを収録。
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