冤罪マップ

横浜事件

細川嘉六ほか約60名

冤罪無罪確定

1942年から1945年にかけて、治安維持法違反の容疑で編集者・新聞記者ら約60名が逮捕された日本最大級の言論弾圧事件。特高警察による拷問で4名が獄死、保釈直後に1名が死亡。約30名が起訴され、終戦直後の1945年8〜9月に有罪判決。その後、3度にわたる再審請求を経て2005年に再審開始が確定。2006年の再審判決は免訴(有罪無罪の判断をせず裁判を打ち切り)。2008年に最高裁が上告棄却し免訴が確定。2010年の刑事補償決定で裁判所が実質的に冤罪を認定した。

逮捕年
1942
無罪確定年
2009
期間
67年
確定判決
禁錮刑等(再審で免訴)
都道府県
神奈川県
地域
関東
捜査機関
神奈川県特高警察
時代
戦前
刑事手続き進行度
捜査
逮捕
起訴
一審
控訴審
上告審
確定
服役
再審
逮捕起訴一審有罪服役免訴
通過有罪等無罪等進行中

1942年から1945年にかけて、治安維持法違反の容疑で編集者・新聞記者ら約60名が逮捕された日本最大級の言論弾圧事件。特高警察による拷問で4名が獄死、保釈直後に1名が死亡。約30名が起訴され、終戦直後の1945年8〜9月に有罪判決。その後、3度にわたる再審請求を経て2005年に再審開始が確定。2006年の再審判決は免訴(有罪無罪の判断をせず裁判を打ち切り)。2008年に最高裁が上告棄却し免訴が確定。2010年の刑事補償決定で裁判所が実質的に冤罪を認定した。

事件発生
1942
被告人
細川嘉六ほか約60名
判決
禁錮刑等(再審で免訴)
現在のステータス
免訴
冤罪の原因
思想弾圧、自白強要

タイムライン

事件不利有利手続事後
1942.09一斉検挙の開始

雑誌「改造」に掲載された細川嘉六の論文を端緒に、編集者・研究者らが治安維持法違反で次々と逮捕される。1945年までに約60名が検挙

10あまりの事件の総体が「横浜事件」と呼ばれる。犯罪を検挙すべき警察が起こした事件
1942.09弾圧開始

1942年9月、細川嘉六論文の掲載などを契機に治安維持法違反容疑による弾圧が開始

1943.01拷問による獄死者

特高警察による激しい拷問が繰り返され、計4名が獄死。保釈直後に1名が死亡。負傷者30名以上

拷問による自白の強要。虚偽の自白に基づいて次々と関係者が検挙された
1945.08終戦直後に有罪判決

横浜地裁が終戦後の1945年8月〜9月、治安維持法廃止前に約30名に有罪判決を急いで言い渡す

治安維持法は1945年10月15日に廃止。裁判所は廃止前に駆け込みで有罪判決を出した
1945.10治安維持法廃止・大赦

治安維持法が廃止され、大赦が行われる。起訴された者は大赦または免訴

1952.04元特高警察官に有罪判決

拷問を加えた元特高警察官らが告訴され、特別公務員暴行陵虐罪で有罪。しかし講和条約発効に伴い恩赦

元被告人やその家族が告訴。有罪は確定したが、直後に恩赦で実質的に刑が免除された
1986.01第1次再審請求

元被告人らが再審請求を開始

1994.01第2次再審請求 → 棄却

第2次再審請求が行われるも棄却。第1次と同様、裁判記録が焼却されていたことが障害に

裁判所が裁判資料を焼却していたため、再審請求の証拠提出が困難だった
1998.08第3次再審請求

第3次再審請求を横浜地裁に申立

裁判所が裁判資料を焼却していたことが再審請求の障害となっていた
2003.04横浜地裁が再審開始決定

横浜地裁が再審開始を決定。検察が即時抗告

2005.03東京高裁が再審開始を確定

東京高裁が検察の即時抗告を棄却。自白は拷問によるものと認定し、「無罪を言い渡す新証拠がある」と判断。再審開始確定

再審開始の理由を変更。拷問を加えた警察官の有罪判決が「無罪の新証拠」にあたると判断
2006.02再審判決:免訴

横浜地裁が免訴判決。治安維持法の廃止と大赦を理由に、有罪無罪の実体判断をせず裁判を打ち切り

遺族・弁護団は「無辜の救済という再審の理念に反する」と批判。控訴
裁判長:松尾昭一
2007.01東京高裁が控訴棄却

東京高裁が「免訴判決に被告側は控訴できない」として棄却

裁判長:阿部文洋
2008.03最高裁が上告棄却 → 免訴確定

最高裁が上告を棄却。免訴判決が確定

弁護団は「刑事訴訟法の法技術的な論理に終始した不当な判決」と声明
2010.02刑事補償決定(実質的冤罪認定)

横浜地裁が元被告人5名に約4700万円の刑事補償を決定。決定の中で特高警察による拷問を認定し、「再審で実体判断が行われた場合には無罪判決を受けたことは明らか」と実質的に冤罪を認定

「警察、検察、裁判所の故意、過失は重大」と断じた。事実上の無罪認定
裁判長:大島隆明

参考リンク

参考WikipediaWikipedia

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