狭山事件
石川 一雄(いしかわ かずお)
1963年5月1日、埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明になり脅迫状が届けられた事件。警察は身代金を受け取りに現れた犯人を40人の警官で張り込みながら取り逃がす大失態を犯した。世論の批判を浴びた警察は捜査に行き詰まり、付近の被差別部落に見込み捜査を集中。何ら証拠がないまま石川一雄(当時24歳)を別件逮捕し、1か月にわたる代用監獄での取調べで虚偽の自白を強要した。
一審では死刑判決、控訴審で無期懲役に減刑され、1977年に確定。石川は獄中31年7か月を経て1994年に仮出獄し、以来一貫して無実を訴え続けている。弁護団は筆跡鑑定の不備、証拠開示の不十分さなどを指摘し、再審請求を重ねてきた。
狭山事件は、部落差別に基づく見込み捜査が冤罪を生んだ事件として、人権問題と刑事司法の問題が交差する象徴的な事件である。石川は現在も「見えない手錠」を外すため再審を求め続けている。
1963年、埼玉県狭山市で女子高校生が殺害された事件。被差別部落出身の石川一雄が逮捕され、死刑→無期懲役。部落差別と冤罪が交差する日本最大の冤罪運動の象徴。2025年に石川氏死去、遺族が再審請求を継続。
- 事件発生
- 1963年
- 被告人
- 石川 一雄(いしかわ かずお)
- 判決
- 一審死刑→控訴審無期懲役
- 現在のステータス
- 再審進行中
- 冤罪の原因
- 自白強要、差別、証拠開示の問題
タイムライン
1963年5月1日、埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明に。翌日身代金要求。5月4日遺体発見
1963年5月23日、石川一雄を別件の窃盗容疑で逮捕。後に殺人容疑で再逮捕
1964年3月11日、浦和地裁が死刑判決
1974年10月31日、東京高裁が無期懲役に減刑
1977年8月9日、最高裁が上告を棄却。8月16日無期懲役確定
1977年8月30日、第1次再審請求
31年7ヶ月の服役を経て仮釈放
東京高裁が棄却
新たな証拠を根拠に再審請求
東京高裁が棄却
東京高裁に第3次再審請求
石川一雄が死去
2025年3月17日付で東京高裁が第3次再審請求手続の終了決定
2025年4月4日、石川早智子氏を請求人とする第4次再審請求
参考リンク
参考文献
名張事件と大崎事件第4次再審を巻頭特集。北海道庁爆破事件・狭山事件・飯塚事件・Coinhive事件・大川原化工機事件・天竜林業高校事件なども収録。燦燈出版。
Amazonで見る ↗袴田事件再審無罪判決と再審法改正を巻頭特集。三鷹事件・狭山事件・福井女子中学生殺人事件・日野町事件・大崎事件・プレサンス元社長事件・今市事件なども収録。燦燈出版。
Amazonで見る ↗白鳥決定50年を巻頭特集。福井女子中学生殺人事件の再審無罪判決、狭山事件・今西事件・神戸質店事件・姫路郵便局強盗事件・松橋事件国賠訴訟なども収録。燦燈出版。
Amazonで見る ↗ルポライター鎌田慧による冤罪事件の追跡ルポルタージュ集。鎌田慧セレクション第1巻。財田川事件の『死刑台からの生還』、狭山事件、袴田事件、福岡事件、三鷹事件、菊池事件などの論考を再編集して収録。冤罪という権力犯罪の追及と雪冤運動との同伴を鎌田のライフワークとして位置づける。出版社は皓星社。
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