佐脇事件
佐脇 浩
1998年、通勤電車内で痴漢をしたとして佐脇浩さんが迷惑防止条例違反の疑いで逮捕・起訴された事件。本人は一貫して否認した。
本件で検察が提出した証拠は、被害者の供述と、それに基づく再現実況見分調書のみであった。被害者は「痴漢の犯行中の手を捕まえたところ、それが被告人の手であった」と供述しており、弁護側にとって無罪立証は困難が予想された。弁護人(自由法曹団神奈川支部・小口千惠子弁護士)は、供述が真実と乖離しているならばその矛盾は繕いきれないはずだとして、供述の細部を検証する方針で臨んだ。
2000年8月11日、東京簡易裁判所は無罪判決を言い渡した。検察は控訴を断念し、無罪が確定した。事件発生から約2年半が経過していた。
本件は当時「痴漢冤罪三事件」と呼ばれた事件群の一つで、日本国民救援会の正式な支援決定を受け、三事件が共同して救援運動を展開した。大田事件に続く2件目の無罪判決であり、一連の運動は報道でも取り上げられて、通勤電車内で痴漢と間違えられた場合に警察が十分な裏付け捜査を行わないという問題を社会的に認知させる契機となった。
1998年、通勤電車内で痴漢をしたとして佐脇浩さんが迷惑防止条例違反の疑いで逮捕・起訴された事件。本人は一貫して否認した。 本件で検察が提出した証拠は、被害者の供述と、それに基づく再現実況見分調書のみであった。被害者は「痴漢の犯行中の手を捕まえたところ、それが被告人の手であった」と供述しており、弁護側にとって無罪立証は困難が予想された。弁護人(自由法曹団神奈川支部・小口千惠子弁護士)は、供述が真実と乖離しているならばその矛盾は繕いきれないはずだとして、供述の細部を検証する方針で臨んだ。 2000年8月11日、東京簡易裁判所は無罪判決を言い渡した。検察は控訴を断念し、無罪が確定した。事件発生から約2年半が経過していた。 本件は当時「痴漢冤罪三事件」と呼ばれた事件群の一つで、日本国民救援会の正式な支援決定を受け、三事件が共同して救援運動を展開した。大田事件に続く2件目の無罪判決であり、一連の運動は報道でも取り上げられて、通勤電車内で痴漢と間違えられた場合に警察が十分な裏付け捜査を行わないという問題を社会的に認知させる契機となった。
- 事件発生
- 1998年
- 被告人
- 佐脇 浩
- 判決
- 迷惑防止条例違反で起訴 → 一審:無罪(2000年8月11日、東京簡易裁判所)→ 検察が控訴を断念し確定。
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 痴漢冤罪の構造、客観的証拠の欠如、被害者証言の問題
タイムライン
通勤電車内で痴漢をしたとして、佐脇浩さんが迷惑防止条例違反の疑いで逮捕された。本人は一貫して否認。以後、約2年半にわたり刑事手続が続いた。(正確な月日は一次資料で未確認)
検察の立証は被害者供述と再現実況見分調書のみで、東京簡易裁判所は無罪を言い渡した。「痴漢冤罪三事件」では大田事件に続く2件目の無罪判決となった。
検察庁が控訴を断念したことにより、無罪が確定した。