乳腺外科医事件
匿名(当時非常勤の乳腺外科医、男性)
2016年5月10日、東京都足立区の柳原病院で、非常勤の外科医(X)が女性患者(A)の右乳腺腫瘍切除手術を執刀した。全身麻酔による手術後、約30分が経過した頃、AはXに左乳房を舐められ自慰行為をされたと認識し、LINEで知人に助けを求めるメッセージを送った。同日中に警察がAの左胸から付着物を採取し、鑑定の結果、Xのものとみられるとされる DNA とアミラーゼが検出された。同年8月25日、Xは準強制わいせつ容疑で逮捕され、9月14日に起訴された(求刑 懲役3年)。勾留は105日間に及んだ。
一審の東京地裁では、Aの証言の信用性と、DNA定量検査・アミラーゼ鑑定の信用性が争点となった。弁護側は、当時Aが麻酔覚醒時のせん妄に伴う性的幻覚を体験していた可能性を主張し、病院関係者の証言もこれを裏づけるとした。DNA・アミラーゼの鑑定については、検査に用いた試料や記録が廃棄・改変されており検証が困難であるなどの問題点も指摘された。2019年2月20日、東京地裁はAの証言の信用性に疑問があり、鑑定にも信用性の疑義がある上、証明力も十分でないとして無罪を言い渡した。
検察は控訴し、2020年7月13日、東京高裁は一審判決を覆し、Aの証言を「具体的、詳細で迫真性が高い」として信用性を認め、せん妄・幻覚の可能性を示した弁護側専門家証言の評価を退けて、懲役2年の実刑(逆転有罪)を言い渡した。この判決に対し日本医師会会長は強く抗議する声明を発表した。
Xは上告し、2022年2月18日、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、DNA定量検査について科学的な疑問点が解消されておらず信頼性になお不明確な部分が残っているとして、東京高裁判決を破棄し審理を東京高裁に差し戻した。
差し戻し控訴審では、DNA定量検査の科学的な手法自体は科捜研の通常手順に沿ったものとして許容性を認めつつ、検出されたDNA量について、わいせつ行為以外に、手術前後の会話等における唾液飛沫由来の口腔内細胞が影響した可能性を排除できないとして、証明力は十分でないと判断された。2025年3月12日、東京高裁第8刑事部(齊藤啓昭裁判長)は一審の無罪判決を支持し、検察の控訴を棄却した。同月26日、東京高検が上告期限までに上告しないことを明らかにし、無罪が確定した。逮捕から8年7か月が経過していた。
弁護側は一貫して、Xの身長が低く、高い位置に固定された病室のベッドに横たわる患者へのわいせつ行為は物理的に困難だったことや、科捜研の鑑定記録(ワークシート)に消しゴムで消して鉛筆で上書きした複数の書き換えの痕跡があったことなど、客観的な問題点を指摘し続けた。無罪確定後、A側の弁護団は「初めから無罪ありきで書かれた判決」「非科学的な判決」と、一審・差し戻し控訴審判決を批判している。
本件は、一審無罪→控訴審で逆転有罪(実刑)→最高裁が破棄差し戻し→差し戻し審で無罪確定という、8年半に及ぶ異例の長期審理を経た事案であり、被害者証言の信用性評価が審級によって大きく変動したこと、そしてDNA定量検査という科学的証拠の証明力評価そのものが最終的な無罪の決め手となったことの双方が、本件の核心的な論点である。
2016年5月10日、東京都足立区の柳原病院で、非常勤の外科医(X)が女性患者(A)の右乳腺腫瘍切除手術を執刀した。全身麻酔による手術後、約30分が経過した頃、AはXに左乳房を舐められ自慰行為をされたと認識し、LINEで知人に助けを求めるメッセージを送った。同日中に警察がAの左胸から付着物を採取し、鑑定の結果、Xのものとみられるとされる DNA とアミラーゼが検出された。同年8月25日、Xは準強制わいせつ容疑で逮捕され、9月14日に起訴された(求刑 懲役3年)。勾留は105日間に及んだ。 一審の東京地裁では、Aの証言の信用性と、DNA定量検査・アミラーゼ鑑定の信用性が争点となった。弁護側は、当時Aが麻酔覚醒時のせん妄に伴う性的幻覚を体験していた可能性を主張し、病院関係者の証言もこれを裏づけるとした。DNA・アミラーゼの鑑定については、検査に用いた試料や記録が廃棄・改変されており検証が困難であるなどの問題点も指摘された。2019年2月20日、東京地裁はAの証言の信用性に疑問があり、鑑定にも信用性の疑義がある上、証明力も十分でないとして無罪を言い渡した。 検察は控訴し、2020年7月13日、東京高裁は一審判決を覆し、Aの証言を「具体的、詳細で迫真性が高い」として信用性を認め、せん妄・幻覚の可能性を示した弁護側専門家証言の評価を退けて、懲役2年の実刑(逆転有罪)を言い渡した。この判決に対し日本医師会会長は強く抗議する声明を発表した。 Xは上告し、2022年2月18日、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、DNA定量検査について科学的な疑問点が解消されておらず信頼性になお不明確な部分が残っているとして、東京高裁判決を破棄し審理を東京高裁に差し戻した。 差し戻し控訴審では、DNA定量検査の科学的な手法自体は科捜研の通常手順に沿ったものとして許容性を認めつつ、検出されたDNA量について、わいせつ行為以外に、手術前後の会話等における唾液飛沫由来の口腔内細胞が影響した可能性を排除できないとして、証明力は十分でないと判断された。2025年3月12日、東京高裁第8刑事部(齊藤啓昭裁判長)は一審の無罪判決を支持し、検察の控訴を棄却した。同月26日、東京高検が上告期限までに上告しないことを明らかにし、無罪が確定した。逮捕から8年7か月が経過していた。 弁護側は一貫して、Xの身長が低く、高い位置に固定された病室のベッドに横たわる患者へのわいせつ行為は物理的に困難だったことや、科捜研の鑑定記録(ワークシート)に消しゴムで消して鉛筆で上書きした複数の書き換えの痕跡があったことなど、客観的な問題点を指摘し続けた。無罪確定後、A側の弁護団は「初めから無罪ありきで書かれた判決」「非科学的な判決」と、一審・差し戻し控訴審判決を批判している。 本件は、一審無罪→控訴審で逆転有罪(実刑)→最高裁が破棄差し戻し→差し戻し審で無罪確定という、8年半に及ぶ異例の長期審理を経た事案であり、被害者証言の信用性評価が審級によって大きく変動したこと、そしてDNA定量検査という科学的証拠の証明力評価そのものが最終的な無罪の決め手となったことの双方が、本件の核心的な論点である。
- 事件発生
- 2016年
- 被告人
- 匿名(当時非常勤の乳腺外科医、男性)
- 判決
- 準強制わいせつ罪で起訴(求刑 懲役3年)→ 一審:無罪(2019年2月20日)→ 控訴審:逆転有罪・懲役2年実刑(2020年7月13日)→ 上告審:破棄差し戻し(2022年2月18日)→ 差し戻し控訴審:無罪(2025年3月12日)→ 検察が上告せず確定(2025年3月26日)。
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 鑑定の問題、目撃証言の問題
タイムライン
東京都足立区の柳原病院で、非常勤外科医Xが女性患者Aの右乳腺腫瘍切除手術を執刀。術後約30分後、AはXに左乳房を舐められ自慰行為をされたと認識し、LINEで助けを求めた。同日中に警察がAの左胸から付着物を採取した。
警視庁がXを準強制わいせつ容疑で逮捕した。
準強制わいせつ罪で起訴された(求刑 懲役3年)。勾留は計105日間に及んだ。
東京地裁は、Aの証言の信用性に疑問があり、DNA定量検査・アミラーゼ鑑定にも信用性の疑義がある上、証明力も十分でないとして無罪を言い渡した。
東京地検が東京高裁に控訴した。
東京高裁は一審判決を覆し、Aの証言の信用性を高く評価する一方、せん妄・幻覚の可能性を示した弁護側専門家証言の評価を退け、懲役2年の実刑を言い渡した。
最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、DNA定量検査について科学的検討が不十分で信頼性になお不明確な部分が残っているとして、東京高裁判決を破棄し審理を差し戻した。
東京高裁第8刑事部(齊藤啓昭裁判長)は一審の無罪判決を支持し、検察の控訴を棄却した。DNA定量検査の科学的手法自体は認めつつ、検出されたDNAが唾液飛沫由来の口腔内細胞の影響である可能性を排除できず、証明力は十分でないと判断した。
東京高検が上告期限までに上告しないことを明らかにし、無罪が確定した。逮捕から8年7か月が経過していた。
参考リンク
参考文献
湖東記念病院事件の再審無罪確定を巻頭特集。あずみの里事件・袴田事件・SBS事件・今市事件・乳腺外科医事件など通常審の注目事件も収録。燦燈出版。
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