1961年3月28日、三重県名張市の公民館で開かれた懇親会で、女性会員にふるまわれたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡、12人が中毒症状を起こした事件。参加者の奥西勝が逮捕され、当初は犯行を自白したが、公判では一転して否認。一審の津地裁は無罪判決を言い渡したが、検察の控訴を受けた名古屋高裁が1969年に逆転死刑判決を下し、1972年に最高裁で確定した。
弁護団は再審請求を繰り返し、2005年には名古屋高裁が「自白の信用性に疑いがある」として再審開始を決定したが、検察の異議申立てにより取り消された。奥西は死刑囚として約50年間にわたり拘置され、2015年10月4日に89歳で獄死。死刑執行も再審無罪も果たせないまま生涯を終えた。
一審無罪からの逆転死刑という経過、半世紀に及ぶ死刑囚としての拘置、そして獄中での死は、日本の再審制度の構造的欠陥と検察の抗告権の問題を象徴している。弁護団は現在も第10次再審請求を続けている。
1961年、三重県名張市で公民館の懇親会でぶどう酒に毒が混入され女性5人が死亡。奥西勝が逮捕。一審無罪→控訴審で逆転死刑という異例の経過。2015年に獄中死。遺族が再審請求を継続。
- 事件発生
- 1961年
- 被告人
- 奥西 勝(おくにし まさる)
- 判決
- 一審無罪→控訴審逆転死刑→確定
- 現在のステータス
- 再審進行中
- 冤罪の原因
- 自白強要、鑑定の問題
- 支援
- 日本弁護士連合会
タイムライン
三重県名張市葛尾の公民館で懇親会のぶどう酒に毒物が混入され、女性5人が死亡・多数が中毒となった
奥西勝が逮捕(4月24日起訴)
1964年12月23日、津地裁が無罪判決
1969年9月10日、名古屋高裁が逆転死刑判決
1972年6月15日、最高裁が上告を棄却。死刑確定
名古屋高裁に第1次再審請求を申立て(一部資料では4月25日説あり)
日弁連が委員会を設置して支援事件となった
第1次再審請求は棄却・終了
名古屋高裁に第2次再審請求を申立て
第2次再審請求は棄却・終了
名古屋高裁に第3次再審請求を申立て
第3次再審請求は棄却・終了
名古屋高裁に第4次再審請求を申立て
第4次再審請求は棄却・終了
第5次再審請求を申立て。歯形鑑定・王冠傷の評価、10分間問題などを争点化
名古屋高裁が第5次再審請求を棄却(別資料で12月15日説あり)
第5次再審請求に対する異議申立てが棄却
最高裁が第5次再審請求に関する特別抗告を棄却
第6次再審請求を申立て。名張署長ノート等を新証拠とする
名古屋高裁が第6次再審請求を棄却
第6次再審請求に対する異議申立てが棄却
最高裁が第6次再審請求に関する特別抗告を棄却
第7次再審請求を申立て。開栓実験、毒物同一性(ニッカリンT)などの科学的新証拠を提出
第7次再審請求で再審開始が決定される
同じ高裁の別の部が再審開始決定を取り消す
最高裁が高裁に審理を差し戻す
名古屋高裁が再び再審開始を取り消す
奥西勝が八王子医療刑務所へ移送
弁護団の特別抗告を最高裁が棄却
第8次再審請求を申立て
名古屋高裁が第8次再審請求を棄却
名古屋高裁が第8次再審の異議申立てを棄却
第8次に関する特別抗告を取り下げ、第9次再審請求を申立て
10月4日、奥西勝が八王子医療刑務所で死亡
2015年11月6日、奥西氏の妹を請求人として第10次再審請求
名古屋高裁が第10次再審請求を棄却
名古屋高裁が異議申立てを棄却
奥西元死刑囚に関する『死刑執行上申書』の不開示決定取消を求め、弁護団が提訴
最高裁が特別抗告を棄却しつつ、宇賀克也裁判官が再審開始相当の反対意見を付した
妹の岡美代子らが名古屋高裁に第11次再審請求を申立て。封かん紙の糊等に関する新証拠・意見書を提出
参考リンク
参考文献
袴田事件(最高裁差戻し)と布川事件(国賠勝訴)を巻頭特集。甲山事件・小石川事件・天竜林業高校事件・倉敷民商事件・和歌山毒カレー事件なども収録。燦燈出版。
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