血のメーデー事件
被告人多数
冤罪無罪確定
1952年のメーデーに際し皇居前でデモ隊と警察が衝突。多数が騒擾罪等で起訴。20年にわたる裁判の末、大半が無罪確定。
逮捕年
1952
無罪確定年
1972
期間
20年
確定判決
一部有罪→大半無罪
都道府県
東京都
地域
関東
捜査機関
警視庁
時代
現代
刑事手続き進行度
捜査
逮捕
起訴
!
一審控訴審
上告審
確定
服役
再審
逮捕起訴一審有罪→ 大半が無罪確定
通過有罪等無罪等進行中
1952年のメーデーに際し皇居前でデモ隊と警察が衝突。多数が騒擾罪等で起訴。20年にわたる裁判の末、大半が無罪確定。
- 事件発生
- 1952年
- 被告人
- 被告人多数
- 判決
- 一部有罪→大半無罪
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 思想弾圧
タイムライン
事件不利有利手続事後
1952.05事件発生
メーデーのデモ隊が皇居前広場で警察と衝突
1952.05大量検挙
多数のデモ参加者が騒擾罪等で逮捕
1970.01一審判決
1970年1月28日、東京地裁が騒擾罪の一部成立を認める判決
1972.11大半が無罪確定
1972年11月21日、東京高裁が騒擾罪の適用を破棄。16名に暴力行為等の有罪を認めたほかは無罪
1972.12上告断念・確定
1972年12月4日、東京高検が上告を断念し確定