自民党本部放火事件
匿名(F)
1984年9月19日午後7時35分ごろ、東京都千代田区永田町の自由民主党本部裏の中華料理店駐車場に、運送会社の配達車を偽装した小型トラック2台が停車した。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)の非公然組織「人民革命軍」を名乗る者らが、荷台に積んだ火炎放射器を操作して自民党本部の北側3階に向けて火炎を放射し、放火した。3階から7階までの延べ約600平方メートルが焼失し、被害額は9億〜10億円に及んだ。犯人とみられる男6人は逃走し、犯行声明が新聞社に寄せられた。
本事件における冤罪の論点は、放火行為そのものではなく、被告人Fが共謀共同正犯として関与したか否かに限定される。検察はFに懲役10年を求刑した。争点の一つとなった目撃者の写真面割り(面通し)手続きの信憑性は、後に心理学の学術研究でも取り上げられている。
1991年6月27日、東京地裁はFに無罪を言い渡した。判決は、電気店従業員の証言は信用できるとしつつ購入した部品が犯行に使われたという証拠がないこと、警察官の証言も暗闇の中でFと認識できたのか疑問であること、Fのアリバイには不自然・不都合な点もあるが虚偽とまでは言えないことなどから、「Fの役割は特定できない」と結論づけた。
東京地方検察庁は「事実誤認」を理由に控訴したが、1994年12月2日、東京高裁は「自白も物証もなく、目撃証言で有罪とする事実認定はできない」として控訴を棄却した。東京高検は上告せず、同年12月16日にFの無罪が確定した。
1984年9月19日午後7時35分ごろ、東京都千代田区永田町の自由民主党本部裏の中華料理店駐車場に、運送会社の配達車を偽装した小型トラック2台が停車した。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)の非公然組織「人民革命軍」を名乗る者らが、荷台に積んだ火炎放射器を操作して自民党本部の北側3階に向けて火炎を放射し、放火した。3階から7階までの延べ約600平方メートルが焼失し、被害額は9億〜10億円に及んだ。犯人とみられる男6人は逃走し、犯行声明が新聞社に寄せられた。 本事件における冤罪の論点は、放火行為そのものではなく、被告人Fが共謀共同正犯として関与したか否かに限定される。検察はFに懲役10年を求刑した。争点の一つとなった目撃者の写真面割り(面通し)手続きの信憑性は、後に心理学の学術研究でも取り上げられている。 1991年6月27日、東京地裁はFに無罪を言い渡した。判決は、電気店従業員の証言は信用できるとしつつ購入した部品が犯行に使われたという証拠がないこと、警察官の証言も暗闇の中でFと認識できたのか疑問であること、Fのアリバイには不自然・不都合な点もあるが虚偽とまでは言えないことなどから、「Fの役割は特定できない」と結論づけた。 東京地方検察庁は「事実誤認」を理由に控訴したが、1994年12月2日、東京高裁は「自白も物証もなく、目撃証言で有罪とする事実認定はできない」として控訴を棄却した。東京高検は上告せず、同年12月16日にFの無罪が確定した。
- 事件発生
- 1984年
- 被告人
- 匿名(F)
- 判決
- 共謀共同正犯として起訴(求刑 懲役10年)→ 一審:無罪(1991年6月27日)→ 控訴審:控訴棄却(1994年12月2日)→ 検察が上告せず確定(同年12月16日)
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 目撃証言の問題、客観的証拠の欠如
タイムライン
午後7時35分ごろ、自民党本部裏の駐車場に停めた小型トラック2台から、中核派の非公然組織「人民革命軍」を名乗る者らが火炎放射器で自民党本部北側3階に向け火炎を放射し放火した。3〜7階の延べ約600平方メートルが焼失、被害額は9億〜10億円。犯人とみられる男6人は逃走した。
警視庁公安部は、中核派活動家の男性F(逮捕時40歳)を、放火の共謀共同正犯の被疑者として逮捕した。事件発生から約7か月後だった。Fはその後、共謀共同正犯として起訴された。
東京地裁、被告人Fに無罪判決。検察は懲役10年を求刑していたが、購入部品が犯行に使われた証拠がなく、警官の目撃証言も暗闇で識別困難として、Fの役割は特定できないと判断。
東京高裁、検察の「事実誤認」控訴を棄却。「自白も物証もなく、目撃証言で有罪とする事実認定はできない」とした。
東京高検が上告を断念し、Fの無罪が確定した。
参考リンク
参考文献
1984年の自由民主党本部放火襲撃事件で共謀共同正犯に問われた被告人Fについて、目撃証言の信用性を中心に検証したルポルタージュ。1991年の一審無罪判決の後、控訴審が係属していた時期に刊行された。写真面割り手続きの問題を含め、目撃証言のみで有罪認定することの危うさを扱う。