静岡地裁浜松支部ネイルサロン放火事件
匿名(女性、元ネイルサロン契約社員)
静岡県袋井市のネイルサロン「甲」に、2018年2月3日から試用期間を同年3月31日とする契約社員として勤務していた女性が、同年3月に同店で相次いだ2件の火災について、非現住建造物等放火・現住建造物等放火の罪で起訴された。同店は2007年6月の開業以来、それまで放火等の被害に遭ったことはなかった。
起訴されたのは、3月13日に乙町の店舗のスタッフルームで洗濯機付近から出火し床面積約13㎡が焼損した第1事件と、移転先である丙の店舗の事務室で3月26日にスチールラック付近から出火し床面積約33㎡が焼損した第2事件である。検察側の求刑は懲役8年だった。
公判では、火災が放火によるものかという事件性と、被告人が犯人かという犯人性が争点となった。事件性については、消防士が放火以外の出火原因(電化製品の製品火災、配線のショート、静電気、酸化発熱等)を一つずつ検証して排斥する証言をし、裁判所はいずれの火災も放火であると合理的疑いなく認定した。
犯人性を示す直接証拠はなく、検察側は、被告人にわずかな時間帯に他の者に見つからず犯行に及ぶ機会があったこと、被告人が勤務した約2か月弱の間に3件が集中したこと、被告人が職場への不満を抱えていたこと、他の関係者には動機や形跡が見当たらないことなどを主張した。とりわけ柱となったのが、同僚が「被告人が退店時に1人で店内に戻った」と証言した点だった。しかし裁判所は、この証言について、従業員らが被告人を3事件の犯人であると確信した後に作成された資料にしか記載がなく客観性に乏しいこと、他の同僚の証言も伝聞にすぎず内容に食い違いがあること、証言者自身の記憶にも不自然な変遷があることを詳細に指摘し、信用できないと判断した。同じ時間帯には他の同僚にも犯行が可能な機会が相当程度あったことも認定された。動機についても「検察官が主張するような程度の不満は、仕事をしている者であれば一般的に誰でも抱くような類のもの」であるとして、推認力は限定的とされた。
2024年10月23日、静岡地方裁判所浜松支部刑事部(來司直美裁判長)は、起訴された第1事件・第2事件について犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した。
ただし本件は、単純に無実の主張が認められた事件ではない。起訴事実には含まれていないが、第1事件の3日前にあたる3月10日に同じ店舗で充電式掃除機・ヘアキャップ等が焼損した器物損壊事件について、裁判所は「器物損壊事件の犯人は被告人であると合理的疑いなく認定できる」と明示している。そのうえで判決は、3事件がいずれも内部犯の犯行であるとは認めつつ、犯行動機や点火方法に顕著な共通性がないこと、第1事件・第2事件には他の同僚にも犯行の可能性が相当程度あったことから、「器物損壊事件の犯人が被告人であることから、第1事件及び第2事件の犯人が同一犯である被告人であると推認することもできない」として、両者を明確に切り分けた。
弁護人の松下啓一弁護士(ベリーベスト法律事務所浜松オフィス)は「依頼人の冤罪を防ぐことができ、安堵しています」とコメントした。
本件が示すのは、一部の行為について有責と認定された人物であっても、より重大な起訴事実については別個に証明が求められるという原則である。あわせて、事件から時間を経て従業員らが被告人を犯人だと確信するに至った後に形成された証言・資料が犯人性立証の柱とされていた点は、目撃証言の信用性評価をめぐる教訓を含んでいる。
静岡県袋井市のネイルサロン「甲」に、2018年2月3日から試用期間を同年3月31日とする契約社員として勤務していた女性が、同年3月に同店で相次いだ2件の火災について、非現住建造物等放火・現住建造物等放火の罪で起訴された。同店は2007年6月の開業以来、それまで放火等の被害に遭ったことはなかった。 起訴されたのは、3月13日に乙町の店舗のスタッフルームで洗濯機付近から出火し床面積約13㎡が焼損した第1事件と、移転先である丙の店舗の事務室で3月26日にスチールラック付近から出火し床面積約33㎡が焼損した第2事件である。検察側の求刑は懲役8年だった。 公判では、火災が放火によるものかという事件性と、被告人が犯人かという犯人性が争点となった。事件性については、消防士が放火以外の出火原因(電化製品の製品火災、配線のショート、静電気、酸化発熱等)を一つずつ検証して排斥する証言をし、裁判所はいずれの火災も放火であると合理的疑いなく認定した。 犯人性を示す直接証拠はなく、検察側は、被告人にわずかな時間帯に他の者に見つからず犯行に及ぶ機会があったこと、被告人が勤務した約2か月弱の間に3件が集中したこと、被告人が職場への不満を抱えていたこと、他の関係者には動機や形跡が見当たらないことなどを主張した。とりわけ柱となったのが、同僚が「被告人が退店時に1人で店内に戻った」と証言した点だった。しかし裁判所は、この証言について、従業員らが被告人を3事件の犯人であると確信した後に作成された資料にしか記載がなく客観性に乏しいこと、他の同僚の証言も伝聞にすぎず内容に食い違いがあること、証言者自身の記憶にも不自然な変遷があることを詳細に指摘し、信用できないと判断した。同じ時間帯には他の同僚にも犯行が可能な機会が相当程度あったことも認定された。動機についても「検察官が主張するような程度の不満は、仕事をしている者であれば一般的に誰でも抱くような類のもの」であるとして、推認力は限定的とされた。 2024年10月23日、静岡地方裁判所浜松支部刑事部(來司直美裁判長)は、起訴された第1事件・第2事件について犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した。 ただし本件は、単純に無実の主張が認められた事件ではない。起訴事実には含まれていないが、第1事件の3日前にあたる3月10日に同じ店舗で充電式掃除機・ヘアキャップ等が焼損した器物損壊事件について、裁判所は「器物損壊事件の犯人は被告人であると合理的疑いなく認定できる」と明示している。そのうえで判決は、3事件がいずれも内部犯の犯行であるとは認めつつ、犯行動機や点火方法に顕著な共通性がないこと、第1事件・第2事件には他の同僚にも犯行の可能性が相当程度あったことから、「器物損壊事件の犯人が被告人であることから、第1事件及び第2事件の犯人が同一犯である被告人であると推認することもできない」として、両者を明確に切り分けた。 弁護人の松下啓一弁護士(ベリーベスト法律事務所浜松オフィス)は「依頼人の冤罪を防ぐことができ、安堵しています」とコメントした。 本件が示すのは、一部の行為について有責と認定された人物であっても、より重大な起訴事実については別個に証明が求められるという原則である。あわせて、事件から時間を経て従業員らが被告人を犯人だと確信するに至った後に形成された証言・資料が犯人性立証の柱とされていた点は、目撃証言の信用性評価をめぐる教訓を含んでいる。
- 事件発生
- 2018年
- 被告人
- 匿名(女性、元ネイルサロン契約社員)
- 判決
- 非現住建造物等放火・現住建造物等放火罪で起訴(求刑 懲役8年、裁判員裁判)→ 無罪(2024年10月23日、静岡地裁浜松支部刑事部・來司直美裁判長)
- 現在のステータス
- 無罪確定
- 冤罪の原因
- 目撃証言の問題、見込み捜査
タイムライン
退職予定の従業員の代わりとなるネイリストとして、試用期間を同年3月31日までとする契約社員として勤務を開始した。同店は2007年6月の開業以来、放火等の被害に遭ったことはなかった。
乙町の店舗で充電式掃除機・ヘアキャップ等が焼損。裁判所は後に「器物損壊事件の犯人は被告人であると合理的疑いなく認定できる」と判示した。ただし本件は起訴されていない。
乙町の店舗のスタッフルーム内、洗濯機付近から出火。床面積約13㎡が焼損した。最終退店者は同僚cと被告人の2名だった。
移転先の丙の店舗の事務室内、スチールラック付近から出火。床面積約33㎡が焼損した。最終退店者は同僚c・dと被告人の3名で、裏口ドアの鍵は複数の従業員が所持し施錠もされていなかった。
裁判員裁判の判決公判で、起訴された第1事件・第2事件について犯罪の証明がないとして無罪が言い渡された。求刑は懲役8年。判決は、器物損壊事件の犯人は被告人であると認定しつつ、そのことから第1事件・第2事件の犯人が同一犯である被告人であると推認することはできないとし、犯人性立証の柱だった同僚証言の信用性を否定した。